« 介護生活6ケ月! | トップページ | 死にざま!! »

2012年3月 3日 (土)

四十にして不惑!

これは有名な言葉なので簡単に言ってしまうと、
中国の思想家、孔子の言葉だ。

不惑の一般的解釈は迷わなくなることらしい。

でも、迷わない人間なんていないだろう。
『今日、どんな服きようか…』
『何処で、何を食べようか…』
『このまま死ぬか手術して生きるか』
人生なんて死ぬまで迷い続けるはずだ。

では、不惑とはなんなのか?
字の通り『惑わない状態』だと俺は思う。


不惑は、迷うけど惑わない(笑)


惑わないとは、どんな状態だろう。
ひと言で言えば『自分の立ち位置を見失わない』

つまり俺には迷があるのか?ないのか?を、
客観的に判断できる状態が、惑わない状態だと思う。

もっと踏み込むなら、
仮に迷いがないなら覚悟を決めて動く。
逆に迷っているなら誰に勧められても絶対に動かない。

人生の立ち位置(選択肢)は、所詮二つしかないのだ。

この二つの立ち位置しか無い事に気づき、
自分の立ち位置を見定めて行動できる状態が、
「不惑」だと思う。


参考までに惑ってる状態とは、
自分が迷っているのか、いないのかも分からなし、
その時に何をしたら良いかも分からない状態だと思う。


繰り返すが、
迷いがなければ誰に何を言われても動くし、
迷いがあるなら誰に勧められても動かない。
人生には、この二つの行動指針しかないことに
気づくことが不惑じゃないかなぁ~と思う。

人生をシンプルに考えられると非常に楽に生きられる。


言うまでもないが、
決断するときは周りの立場や考えを重んじる
客観性が大事だと思ってます。

主観的な決断は、
思い込みや独り善がりな行動しか生まず孤立し易い。

そのことに気付いたのは40過ぎてからだった(汗)

« 介護生活6ケ月! | トップページ | 死にざま!! »

コメント

常に頭の上のほうに自分を客観的に眺める自分がいる状態が必要ってことであれば書かれている通りだと思います。
ただ・・一方でカリスマ?教祖様?ってのは 更にそれを超えていて迷いもしない(もしくは絶対にそれを周りに感じさせない)のかもしれません。真に新たなものを生み出すのは実はこっちのタイプで、客観的に見れる人は大きな失敗はしなくても世の中を驚かすことまではできない・・
どっちが偉い でなくて タイプや生き方が違うだけ ですが

「誰でしょう」さん

誰だろう?
う~ん、前職の恩師様じゃないでしょうか?(笑)
コメントありがとうございますm(__)m

大筋ご共感頂けて嬉しいです!
カリスマや教祖様が迷わず、真に新しいものを生み出す存在は理解できます。

ちょっと論点がずれてますし釈迦に説法ですが…
一般的な組織論に262の法則があると思います。

上の2割のリーダが6割の人達を使って組織を動かす。
下の2割の人達は何を言っても真面目に働かない。。。これが262の法則

カリスマや教祖は上の2割だと思います。

今私が興味があるのは、真ん中6割の人達でして、このレイヤーの人達が
高みに登ることが組織を強くするのだと思ってます(思い込みかも)

真ん中の6割の人達の共感を得たり影響を与えられるのは、
大成しないけど客観性を持った指導者じゃないかなぁ~とも思います。

今、自分はそんな方向感を持った生き方を目指しているんだと思います。

指導者は大袈裟ですが、この数年社員研修の講師を務めているので、
何となく、こんなことを思いついた次第です。

コメントありがとうございました。大変嬉しく元気を頂きましたm(__)m

山登りでもMTBでも、自分がいる位置がわからなくなるのをlostと言います。進むべき道は、選択の結果ですから、立ち位置だけは見失なわないようにしないといけませんね。

と自分は惑ってばかりの人生ですが。(笑)

無宿さん

lostですか…
自分が自転車に魅かれるのは、
山の中を一人で走ってる時は主観で居られるからかもしれません(笑)


コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1244681/44350058

この記事へのトラックバック一覧です: 四十にして不惑!:

« 介護生活6ケ月! | トップページ | 死にざま!! »